

老朽化が進む日本の道路インフラの維持管理費用は2048年には約12.3兆円に達すると予測されている。NTTコムウェア株式会社(以下、NTTコムウェア)、インフロニア・ホールディングス株式会社(以下、インフロニア)、株式会社NTTドコモ(以下、NTTドコモ)、NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTT Com)は、AIと高度なデータ分析を活用した「Digital Twin Road Management」を構築。予防保全型の維持管理への転換により、コスト削減と道路の長寿命化の両立が可能なことについて、NTTドコモの河内 洸貴とインフロニアの松尾 健二、そしてNTTコムウェアの増渕 絢が講演した。
深刻化する道路インフラの老朽化問題
日本の道路インフラは、その多くが高度経済成長期に集中的に整備されました。その結果、2040年までに供用開始から50年以上が経過する道路橋の割合は75%以上に達すると予測されています。この状況は、維持管理費用の急増という形で社会に大きな影響をおよぼそうとしています。
さらに問題を深刻化させているのが、技術者不足の現状です。少子高齢化の進行により、道路の維持管理に携わる技術者が減少しており、特に自治体において技術の継承が課題となっています。これは単なる人手不足の問題ではなく、長年の経験によって培われた専門知識やノウハウの喪失というリスクを含んでいます。
地方自治体が抱える道路管理の現状
日本の道路インフラの特徴として、その大部分が地方自治体によって管理されているという実態があります。全体の道路ストックのうち、道路会社や国が管理する割合はわずか0.1%に過ぎず、97.2%は都道府県や市町村が管理しています。つまり、道路インフラの維持管理問題は、主に地方自治体の課題といえます。

出典:内閣府「民間企業資本ストック確報(2015)」,内閣府「社会資本ストック推計(2014)」を加工して作成
多くの自治体では、予算や技術者の不足により、理想的な維持管理が実施できていないのが現状です。「予防保全の重要性は理解しているが、予算が少ないため、ある程度の老朽化を許容しながら最低限の補修しかできない」「自治体ごとに実情が異なるため、最適な予防保全計画が立案できない」といった声が多く聞かれます。
予防保全型維持管理の重要性
道路舗装の構造は、表層、基層、上層路盤、下層路盤という層で構成されています。 路盤まで損傷が進んだ後に修繕を行う従来の事後保全型の維持管理は、アスファルトの表層・基層の損傷を早期に発見し、路盤に損傷がおよぶ前に補修を行う予防保全型の維持管理と比較して工期は約4倍、費用は約3倍もの負担が必要となります。そのため、事後保全型から予防保全型への維持管理のシフトは、大幅な工期短縮とコスト削減につながります。

出典:国土交通省「舗装点検要領の判定について」を加工して作成
この予防保全型の維持管理は、国土交通省も推進している取組みです。舗装の寿命は場所や気候、交通量などさまざまな要因の影響を受けるため、それぞれの道路の特性に応じた適切な予測と対応が求められます。
Digital Twin Road Management構想の誕生
このような課題に対応するため、インフロニアとNTTドコモは約3年前に意見交換を開始し、道路の維持管理をDXで変革する構想を練り始めました。そこにNTTコムウェアとNTT Comが加わり、Digital Twin Road Management(DTRM)構想が本格的にスタートしました。
DTRM構想では、取組む領域を3つに設定しています。1つめは運用コストを改善するOPEX(Operating Expense)、2つめは更新費用を最適化するCAPEX(Capital Expenditure)、3つめは地域社会の発展をめざす地方創生です。具体的には、OPEXでは車載カメラによる道路のひび割れAI点検、CAPEXでは修繕計画策定支援サービス、地方創生では渋滞予測やデジタルマーケティングなどの新たな価値創出に取組んでいます。

4社連携による推進体制
このプロジェクトでは、各社の強みを活かした役割分担により、効率的な推進体制を構築しています。インフロニアは道路に関連するノウハウの提供とDTRM基盤を用いた取組みの提供主体、NTTドコモは新技術の社会実装と研究開発、NTTコムウェアはDTRM基盤のプロダクト開発と提供、NTT Comはインフロニアの営業・提案活動の支援とソリューション連携を担当しています。

DTRM基盤の技術的特徴
DTRM基盤は、NTTコムウェアが保有するSmart Data Fusionをベースに構築されています。Smart Data Fusionは、通常では統合が困難な異なるレイヤーの情報をリアルタイムに収集・統合できる高度なデータ分析活用基盤です。これにより、道路状態、気象、交通量など、多様なデータを統合的に分析することが可能となっています。
混合マルコフ劣化予測ハザードモデルの活用
舗装の寿命はさまざまな要因(場所、気候、交通量など)の影響を受けるため、単純な平均値ではなく、寿命の発生確率をライフサイクルコストの算出根拠にしました。そこで本取組みにおいては「混合マルコフ劣化予測ハザードモデル」※1を採用しています。このモデルでは、たとえば5年前と現在のデータを比較し、その間の劣化進行を確率論的に算出します。これにより、より精度の高い劣化予測が可能となっています。
※1 「混合マルコフ劣化予測ハザードモデル」は、大阪大学大学院工学研究科の貝戸教授らが階層ベイズ推計手法を開発した道路の健全度の推移を確率論的手法を用いて推定するモデルです。道路の特性によるグルーピングごとに劣化を予測します。
実証実験による効果検証
本取組みの有効性を検証するため、日本初の道路コンセッション事業である愛知道路コンセッションのフィールドで実証実験を実施しました。その結果、適切なシナリオ設定により、今後30年間のライフサイクルコストを大幅に削減できることが確認されました。
さらに注目すべきは、コスト削減と道路の健全性維持の両立が実証されたことです。予防保全型の維持管理に転換することで、修繕が必要な箇所(健全性の低い区間)が大幅に減少し、多くの道路で高い健全性を維持できることが示されました。
実務者からの評価
実証実験を通じて、実務者からも高い評価を得ています。経営層からは「点検データに基づく統計的な劣化予測の手法は納得性が高い」という評価を、実務担当者からは「顧客のニーズに合わせてシミュレーション条件を簡単に設定できる点が作業効率の向上につながる」といった声が寄せられています。
データ活用による意思決定の高度化
本取組みの特徴は、単なる劣化予測にとどまらず、さまざまなデータを活用して総合的な判断を支援する点にあります。自治体の保有する点検データだけでなく、交通量や路線情報といった環境データ、さらには年間予算や優先順位といった政策的な要素まで考慮したシミュレーションが可能です。
これにより、各自治体の実情に応じた、より現実的で効果的な修繕計画の策定が可能となります。また、データの蓄積と分析を継続することで、予測精度の向上や計画の最適化を図ることができます。
今後の展開と可能性
DTRM構想は、今回紹介したCAPEXの最適化にとどまらず、さらなる展開をめざしています。たとえば、予防保全の行き届いた安全な街づくりの実現に向けた社会実装の推進や、データの少ない自治体でもオープンデータを活用してライフサイクルコストの最適化が実現できる新技術の開発などを計画しています。
また、道路データの取得・活用にとどまらず、さまざまなデータや技術をインフラ分野に活用していくことで、データに基づく意思決定の高度化やDX推進にも貢献することをめざしています。これは単なる維持管理コストの削減だけでなく、より安全で効率的な社会インフラの実現につながる取組みといえます。
持続可能なインフラ管理に向けて
最後に、本プロジェクトが示す最も重要な示唆は、デジタル技術の活用により、インフラ管理における「予防保全」と「コスト削減」という、一見相反する目標の両立が可能になるということです。これは、限られた予算と人材で社会インフラを維持していかなければならない日本社会にとって、極めて重要な知見といえます。
今後は、より多くの自治体での実証実験や導入事例を積み重ねながら精度を向上し、インフラ老朽化に関するさまざまな課題解決に貢献していきます。そして、この取組みが日本の社会インフラの持続可能な管理運営モデルの確立に貢献することが期待されます。
2025/03/17
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