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ITジャーナリストや現役書店員、編集者が選ぶ デジタル人材のためのブックレビュー 
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今月の書籍

レビュワー:新野 淳一

  • 『ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告』
  • 『フェイスブックの失墜』

組織のあり方への教訓も示した、甚大なシステム障害の背景

 2021年2月28日日曜日、みずほ銀行の営業店や出張所にあるATM関連のシステムに障害が発生し、5,000以上の通帳やカードがATMに取り込まれたまま戻ってこなくなって多くの顧客がその場で立ち往生した、というニュースがNHKなど各種報道で流れたことをご記憶の読者も多いだろう。

 同行はこの大規模な障害をはじめとして12カ月の間に11ものシステム障害を起こしている。そして金融庁はこれらに対して業務改善命令を、財務省はシステム障害を起こした際に外為法違反があったとして是正措置命令を、それぞれ発令している。

 日本を代表するメガバンクの一つである同行におけるこれらのシステム障害は、日本のITの歴史に確実に刻まれるほど深刻であった。そのとき実際に何が起き、システムや組織にどのような問題があったのかを詳細な取材によって明らかにし、多くの教訓を得ようとしたのが本書である。

 本書を成立させるうえで、非常に大規模で複雑なみずほ銀行のシステムを著者が理解し、それをかみ砕いて分かりやすく解説することは欠かせないが、それには成功していると評したい。一般的なデータベースの知識を持つITエンジニアであれば、本書を読むことで今回の障害において技術的な問題がどこにあるのか、一定の理解ができるはずである。現代の銀行システムがどのような複雑さや課題を抱えているのかといったITエンジニアの好奇心に応える点だけでも本書の価値はあると言える。

 そしてすでに多くの報道でも指摘されているように、システムの運用にまつわる組織にこそ多くの問題があったことを本書も明らかにしている。それは例えば現場の声が経営陣に伝わりにくいといったものから、地震のような災害を想定した訓練はしていたものの、システム障害を想定した訓練が行われていなかったという具体的な指摘などまで多岐にわたる。

 本書はそれらを第一勧銀、富士銀、興銀が合併してみずほ銀行が生まれるところまで遡りつつ考察していることで説得力を増している。多くのITエンジニアにとって、自社に思い当たることをいくつも想像しながら読み進められるのではないだろうか。

 本書は徹底した詳細な取材によって、銀行の大きくて複雑なシステム、組織、そして成り立ちを上手に解説しつつ、それらが絡み合って引き起こした歴史的な障害の原因について読者に一定の答えを提示している。この教訓は組織の中でITエンジニアのものだけでなく経営、中間管理職としても共有すべきであろう。そのための教材として社内読書会など提案してみてはいかがだろうか。

『ポストモーテム みずほ銀行システム障害 事後検証報告』

著者:日経コンピュータ

出版社:日経BP

https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/22/284610/

巨大な影響力を適切に使えるか? 業界動向を先読みする上で外せない一冊

 地球上の全人口の約3分の1にあたる26億人が利用し、米国大統領選をはじめとする多くの国の政治状況を左右するほどのパワーを持つのがフェイスブックだ。同社はGAFAの一角を占める企業として、ビジネスとテクノロジー面での成功について称賛される一方で、プライバシー情報の不正な取り扱いやフェイクニュース、ヘイトスピーチなどの拡散に加担しているなどの非難も浴びてきた。

 その同社の内幕を2人のニューヨークタイムズ記者が400人以上の関係者1,000時間以上の時間をかけて取材し、執筆したのが本書だ。

 フェイスブックの巨大さの基礎となったのは、大量の個人情報とアルゴリズムだ。ユーザーの生年月日、交友関係、位置情報、好み、日々の感情など大量の個人情報をフェイスブックは保有しており、アルゴリズムによって、ユーザーが興味を持つであろうニュース、友人の発言、広告などの魅力的な情報がタイムライン上に表示される。

 これらによって広告ビジネスを中心とした圧倒的な成長が同社にもたらされた一方で、副作用として個人情報の不正利用、ターゲティング広告の政治利用、アルゴリズムによってヘイトスピーチやフェイクニュースなどが拡散されてしまうなどの問題を抱えることにもなった。なかでも本書のクライマックスの一つとして描かれるのが、米国大統領やその周辺がフェイスブック上でフェイクニュースをまき散らす、という政治的に非常にやっかいな状況である。

 日本では、同社の創業者マーク・ザッカーバーグ氏はテクノロジーに明るいビジョナリであり、その右腕であったCOOのシェリル・サンドバーグ氏は圧倒的に優秀なビジネスパーソンであるとの印象が強い。

 しかし本書では、同社を巨大な企業へと押し上げてきた二人が、その巨大さそのものに翻弄されつつも自社のビジネス拡大を優先させ、プライバシー情報の保護やヘイトスピーチ、フェイクニュースなどの拡散防止を怠ってきたと社内外から非難され続けている存在として描かれている。

 そして倫理と政治とビジネスのあいだで激しく揺さぶられるザッカーバーグ氏、サンドバーグ氏、同社内外の描写が延々と続く。それは優秀な二人にとってさえ、テクノロジーによってもたらされた巨大な力を、社会から理解を得つつ適切に制御できていないことを明らかにしているようだ。

 ITはフェイスブックのような、人類にとって巨大な影響力を持つシステムを作り上げるところまで来た。が、それを私たちは適切に使えていないのだという暗い現実を本書は突きつけている。日本ではまだフェイスブックに対して本書のような厳しい視線を持つ人は多くないが、業界動向を先読みする上で外せない一冊になりそうだ。

『フェイスブックの失墜』

著者:シーラ・フレンケル、セシリア・カン

翻訳:長尾 莉紗、北川 蒼

出版社:早川書房

https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000015070/

今月のレビュワー

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新野 淳一(にいの・じゅんいち)

ITジャーナリスト/Publickeyブロガー。一般社団法人クラウド利用促進機構(CUPA)総合アドバイザー。日本デジタルライターズ協会代表理事。大学でUNIXを学び、株式会社アスキーに入社。データベースのテクニカルサポート、月刊アスキーNT編集部副編集長などを経て1998年フリーランスライターに。2000年、株式会社アットマーク・アイティ設立に参画。2009年にブログメディアPublickeyを開始。2011年「アルファブロガーアワード2010」受賞。

2022/09/08

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