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ビルの谷間をペンギンが泳ぐ!弱点を武器にした逆転発想

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 えのすいで新しい水族館像を示した中村さんだが、東京・池袋「サンシャイン水族館」のリニューアルは、最も“非常識な”仕事だったという。

 まず、水族館は高層ビルのてっぺんにある。サンシャイン水族館は身近なスポットだけに忘れがちだが、考えてみれば、このロケーション自体、すでに非常識だ。

「開園当時『世界初、高層ビルの屋上にある水族館』として有名でした。ですが、その後世界で2番目が現れないんです。そもそもこんなところに水族館をつくるのが無茶だったということなんでしょう(笑)。水族館としては弱点だらけです。」

 ビルの屋上という場所柄、多くの規制がある。まず重量の規制があって大量の水は使えない。天井の高さも建築基準法で規制されている。不利な条件ばかり。そこで、中村さんはその弱点を逆手に「これだけ弱点を抱える水族館は他にない。だからこそ弱点を武器にしたら、どこにも真似できない水族館ができる」と考えた。

 それが「天空のオアシス」をコンセプトにした展示の工夫の数々に結実した。「狭いし水量も限られているなかで、どうしたら広く見せられるだろうと考えたときに、屋上だから空を使おうというアイデアが出てきたんです。私たちには、空は広いという共通認識があるから、水槽を通して空が見えるだけで、広く感じてしまうんです。その錯覚を利用しています。」

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 水族館で見るペンギンは、よちよちと歩いている、あるいはじっと立っていることが多い。私たちもペンギンはそういうものだと思いがちだ。しかしここでは、水槽のはるか向こうに建つビルを背景にペンギンが気持ちよさそうに泳いでいる。確かにペンギンが空を泳いでいるようだ。

「それだけですごい浮遊感を感じるんですね。実はあの水槽はすごく小さくて頭上の浅い部分の深さは20センチしかありませんし、水量も多くありません。でも、水槽の向こうには空が見えるからすごく開放的で、水を通して見える太陽の光も海に潜ったときと同じような感覚です。そこを空を飛ぶようにペンギンたちが泳いでいく姿は見ていて本当に気持ちがいいし、リフレッシュできると思います。」

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 他の水族館では、ペンギンに陸上で餌を与えることが多いが、ここでは水中にまく。だからこそ餌を求めて勢いよく泳ぐペンギンの姿が見られるのだ。

 ただ、こうした新しい発想は、最初から歓迎されたわけではなかった。「ここではできない」と言われることも少なくなかったという。

 「そこで、スタッフにも新しいアイデアを提案してもらいました。すると皆、他の人たちからは、何を言っているんだ?と思われるようなアイデアを出してきます。狭い水槽を広く見せるために遠近法を使ったらどうかという案が出てきた時は、水中で遠近法を使うなんて簡単にできないから、こうすればできると証明してくださいと言い渡しました。すると、そのスタッフは遠近法の分厚い本を買ってきて勉強していました。その甲斐があって、狭さを感じさせない美しい水塊の展示も実現できました。」

 周囲を巻き込み、中村さん自身も驚く発想が生まれた。こうして、一昔前には想像もしなかった新しい水族館が誕生した。

未来の水族館はぐっと身近な生活密着型に

 “水族館新時代”を生み出し、ブームを起こした中村さんは、次の水族館をどのように考えているだろうか。

「まず、映像やプロジェクションマッピングと融合させるメディアミックス型は、一過性だと思います。私自身は、水族館とプロジェクションマッピングなどの映像は切り離して、それぞれ進化させていったほうが面白くなると考えています。VR(ヴァーチャルリアリティ)映像はどんどん進化していますから、そのうち水中世界はVRで見たほうが迫力があっていい、ということになるかもしれない。そうなると水族館はよりリアルな水中を感じる自然を再現できる施設になっていくでしょう。里山に行けば人それぞれによって違う発見や体験ができるような、リアルな水中体験ができる水族館が増えていくのではないでしょうか。」

 現在、VRの分野で進化しているのは、主に人間のふるまいに関してだ。だが、VRで生物をリアルに表現するには、まだまだデータが不足している。イルカが毎回同じ動きをしていたらリアルではなくなってしまう。生き物の観察が面白いのは、まさに予想できない“リアル”な行動や反応を知ることができるからだ。だが、今はまだ、今日はなんだか機嫌が悪いとか、そうかと思えば楽しそうに遊び始めたとか、そういう生き物らしさが表現できるほどのデータはそろっていない。

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 今後、水塊はどのように進化していくのだろうか。

「水塊とともに水の流れに注目しています。広島のマリホ水族館は、ショッピングセンターの一画にある水族館で面積にして600平米、水量も155トンと、同じ都市型の「海遊館」と比べたら延べ床は45分の1、水量は70分の1です。イルカやアザラシ、ペンギンもいません。そこで、水塊をさらに“躍動”させることで川の面白さを見せる『うねる渓流』をつくりました。その中に天然記念物のゴギというイワナを展示しているのですが、このゴギは養殖魚なんです。養殖のゴギは静かな環境で育つため尻尾の力が弱いらしく、渓流の展示に入れた直後は流されてしまってポンプに吸い込まれることがあるんです。でも、しばらくすると渓流に鍛えられて体型が変わってくる。動きも自然の川に暮らす魚みたいになってくるんですね。こうした水の流れも含めた水塊に注目しています。

 想像を超える未来の水族館の姿というならば、こういう自然の中の水の様子を、気楽に見に行かれる水族館があったらいいと思います。水を見るだけで涼しく感じるので、夏には特にいいですね。ふと思い立ったら水塊を見に行けるような、庭代わりに通える“サンダル履きの水族館”なんていうのも面白いかなと思います。

 こうして水族館で感じられる匂いや温度、音などで自然体験が気軽にできる一方、水中生物とのふれあいが重視され、研究が進めば、家の中では、VRを利用してイルカと遊ぶ疑似体験も、簡単にできる未来も期待できそうだ。

プロフィール

中村元(なかむら・はじめ)
水族館プロデューサー。1956年三重県生まれ。80年成城大学(マーケティング専攻)卒業後、まるで畑違いの鳥羽水族館に入社し、日本初の広報部門を立ち上げた後新鳥羽水族館プロジェクトの責任者を経て副館長に就任するも、辞職して独立。新江ノ島水族館、サンシャイン水族館、北の大地の水族館のリニューアル、広島マリホ水族館新設を手がけ、いずれも奇跡的な集客増に成功させた。北里大学の学芸員コースで展示学、東京コミュニケーションアート専門学校で教育顧問として講義。全国で集客コンサルティングに携わるとともにボランティアで全国のバリアフリー観光を推進、日本バリアフリー観光推進機構理事長を務める。著書に『水族館哲学 〜 人生が変わる30館』(文藝春秋)、『水族館の通になる―年間3千万人を魅了する楽園の謎』(祥伝社)、『いただきますの水族館: 北の大地の水族館で学ぶ「いのち」のつながり』(瀬戸内人)、『常識はずれの増客術』(講談社)など多数。

2018/6/18

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