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ITジャーナリストや現役書店員、編集者が選ぶ デジタル人材のためのブックレビュー 
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今月の書籍

レビュワー:新野 淳一

  • 『マネジメント3.0 適応力の高いチームを育むための6つの視点』
  • 『なぜ、システム開発は必ずモメるのか?』

アジャイル開発におけるマネジメントのあり方を一気通貫する貴重な一冊

 本書がほかのアジャイル開発指南本と一線を画すのは、そのタイトルである「マネジメント3.0」として著者が展開する理論とそれを実践するテクニックのためだ。

 本書によると「マネジメント1.0」は階層型組織のトップダウン型マネジメントであり、従業員はトップの指示に忠実に従う。「マネジメント2.0」ではトップダウンの弊害として起こる従業員の自主性のなさを補うため、バランススコアカードやシックスシグマをはじめとするテクニックによるアドオンがマネジメント1.0に追加された状態だ。

 しかしソフトウェアの開発現場で採用が進んでいるアジャイル開発は、階層型のチームを用いない。チームのメンバーが相互に協力し作用し合うネットワーク型の組織である。そして「マネジメント3.0」は、このネットワーク型の組織を前提としたマネージャのための理論とそれに基づくテクニックを詳細に体系化したものだ。

 第5章の冒頭「我々はソフトウェアチームを、情報を消費してイノベーションを生み出すシステムであると確認した。そのシステムは人々を重要なエージェントとして有するため、『人々を元気づける』ことがマネジメント3.0の1番目の視点なのである」というくだりに示されるように、本書では著者の理論を示した上で具体的なテクニックに厚みを置いている。「第6章 自己組織化の基本」「第7章 チームにどのように委任するか」「第10章 ルール作りの技能」「第13章 構造をどのように成長させるか」など、実践で役立つであろう章立てが並んでいる。

 マネージャ向けの参考書は山ほどあるが、そのほとんどはマネジメント2.0に相当する。なぜなら世の中のほとんどの組織が階層型であるからだ。そうした中でネットワーク型組織のマネジメント理論と実践を紹介する本書はユニークな存在だろう。

 特に本書はアジャイル開発のチームは相互に作用しあう複雑適応系と位置づけるのを始めとして、カオス理論、ゲーム理論、動的システム理論、著名なアジャイル関連といった既存の書籍など、膨大な過去の知識体型を基にマネージメント3.0の理論と実践テクニックを編み上げている。

 その情報量は400ページを超える分厚さとなって現れており、率直に言ってしっかりと読み切るのにはそれなりのエネルギーが要るだろう。しかしアジャイル開発のマネジメント体系化ときちんと向き合ってみたいと考える方々にとって、手応えのある1冊であることは間違いない。

『マネジメント3.0 適応力の高いチームを育むための6つの視点』

著者:ヨーガン・アペロ

翻訳:藤井 拓

出版社:丸善出版

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/?book_no=304719

身近なトラブル対策を実用的に楽しく学べる教材として業界人必携

 『なぜ、システム開発は必ずモメるのか?』という本書のタイトルを見て「モメたことなど一度もありませんけど?」と思える人はIT業界において少数派だろう。

 システム開発は常に一点ものとして設計され開発が行われるがゆえに、発注する側が描く理想と、受注側によって現実に落とし込まれる成果物には自ずとギャップが発生する。そしてそのギャップが大きければ失敗プロジェクトとなる。そしておよそ7割のプロジェクトが失敗するといわれている。

 本書は、その失敗につながる49のトラブルを示し、対策を解説したものだ。設計が終わろうとしているのにユーザーからの追加要件が止まらない、パッケージソフトを導入したが業務に対応できない、ベンダが嘘の進捗を報告した、主要メンバーが病気でダウンした、検収後にバグが発覚したなど、どこかで聞いたことのあるトラブルが目白押しだ。

 これらのトラブルを、IT訴訟専門の女性弁護士やその友人たちが登場人物となり、物語形式で読みやすく状況と対策が解説されていく。さまざまなトラブルを軽快な語り口で読ませてくれるため、単なる読み物としても楽しい上に、IT業界の人間なら身近に感じるトラブル対策も身に着くお得さが本書の魅力だ。

 もちろん対策には著者のITコンサルタントとしての知見が込められており、過去の判例なども踏まえたしっかりしたものだ(評者には内容に太鼓判を押せるほどこの分野に知見があるわけではないが、著者がこの分野で著名な人物であることは確実である)。

 その上で「要件定義書のチェックリスト」「非要件定義項目の概要」「プロジェクト管理計画の記載項目例」など、要所で実用的な使い方ができる情報も付加されており、実用書としての側面も持つ。

 本書を読んで痛感するのは、システム開発を成功させるためにはプログラミングを中心とする技術力以外にもさまざまな知見と能力が必要とされる、ということだ。顧客から要望を聞き出す能力、それを設計にまとめる能力、リスク管理の能力、契約と法律に関する知見などなど、さまざまな落とし穴を避けてプロジェクトを成功させるのは、本当に容易ではない。

 本書に示された49の具体的なトラブルのストーリーは、それらを学べる興味深い教材だといえる。SIerなどで開発現場を支援する間接部門の方々を含め、多くのIT業界の方におすすめしたい。

『なぜ、システム開発は必ずモメるのか?』

著者:細川義洋

出版社:日本実業出版社

https://www.njg.co.jp/book/9784534051158/

今月のレビュワー

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新野 淳一(にいの・じゅんいち)

ITジャーナリスト/Publickeyブロガー。一般社団法人クラウド利用促進機構(CUPA)総合アドバイザー。日本デジタルライターズ協会代表理事。大学でUNIXを学び、株式会社アスキーに入社。データベースのテクニカルサポート、月刊アスキーNT編集部副編集長などを経て1998年フリーランスライターに。2000年、株式会社アットマーク・アイティ設立に参画。2009年にブログメディアPublickeyを開始。2011年「アルファブロガーアワード2010」受賞。

2022/12/2

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