2024年6月21日・22日の2日間、Scrum Fest Osaka 2024が開催されました。Scrum Festはスクラムの初心者からエキスパート、ユーザー企業から開発企業、立場の異なる人々が集まる学びの場です。カンファレンスで登壇した鹿嶋 雅はNTTコムウェアでアジャイル開発を推進する役割を担っています。鹿嶋はこれまで相応の経験を積んできたにも関わらず、チーム改善を支援した時に危うく間違ったアプローチを選択してしまいそうになりました。この経験から得た学びをもとにアジャイル開発の奥深さ、改めて得た気づきを紹介しました。
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アジャイル開発案件の支援で「計画駆動」になりかけた
NTTコムウェアはNTTドコモグループの一員として、主にソフトウェア開発をおこなっています。そして、私はアジャイル開発を推進する役割を担い、ソフトウェア開発を支援しています。
今回紹介するのは、とあるアジャイル開発案件の支援で失敗しそうになったお話です。私は外部から支援する役割で案件へ参画しましたが、支援内容の検討においてあやうく「計画駆動」になりかけました。その時に何が起きて、どのように対処したのか、今ならどうするか、という視点でお話します。
前提としていくつか整理しておきます。
・計画駆動とは?
- ユーザーが求めるであろうフィーチャーを前もって計画し、予見しようとするプロセス。典型例はウォーターフォールモデル。
- 十分に定義され予見可能で、重大な変更がなさそうな問題に対して適用するとうまくいく。
・予見と適応とは?
- 「予見したいという願望と適応の必要性との間でバランスをとる」ことに関するアジャイル開発の原則のひとつ。
- 選択肢を広げておく、つまり拙速に打ち手を判断しない
- 事前に正しく行うことは不可能だと認める、つまり精度が低い段階で支援の打ち手を大量に作らない
それでは、具体的に起こったことを紹介します。
ニューゲーム ~計画駆動で支援を開始しようとした~
私のもとに、ある開発案件のチームが困っているため、3か月間でチームの改善をしてほしい、という依頼がありました。3か月間という期間設定は、今にして思えば短かったと思っています。
チームはお客さまから改善を求められている状況でした。同時期に複数のトラブルを起こしており、トラブル発生後の動きもよかったとは言えないようです。お客さまからは、そもそもトラブルに気づけていなかったのではないか、プロダクトを見ている意識はあるのか、モチベーションはあるのか、と厳しい意見がありました。
開発案件を支援する、ということは力を貸して助けることです。私はこれらの状況から、トラブル防止策やトラブル影響を小さくする方法、モチベーションを高める方法、その他の心配事など、いろいろと考えを進めていきました。そうです、私はここで「考えを進めてしまった」のです。
その後、私は次にやることを列挙していきました。つまり、「計画」を立ててしまったのですが、実はこの時点では「計画」だとは自覚していませんでした。この時はまだ支援を始める前でした。
支援を始めてから、私が予め列挙したことは半分以上が没となってしまいました。実際に採用されたのは、「コミュニケーションをとれるようにしよう!」「ドキュメントはしっかり作ろう!」等ごく少数だけでした。これらも私が最初から確信をもってやろうとしたのではなく、これをやれば効果があるかもしれない、と疑問を抱えながら計画したものでした。
一方で「チームの様子を確認しよう!」はとても重要でした。このポイントを最初に発想できていたことは大きな救いで、もし発想できていなかったら支援は大失敗になっていたところでした。
幸いにも、支援に入る直前に、私がおかしなことをしていることに気づき、頭の中を切り換えることができました。おかしなこととは、私が過去のScrum Master(SM)等の経験を通じて価値駆動を知っていたのに、計画駆動の発想で対応してしまっていたことです。これが大きな反省のポイントです。
振り返ってみると、3か月という短期間であったため、すぐにチームを改善できるよう「何をやるか」から考えてしまい、やることの膨大さに二の足を踏んでいました。また、開発案件を支援するからには「何かをして助けることありき」という考えがあり、SMとして「価値駆動」を知っているにもかかわらず、「計画を立てて対応する」という思い込みをしていました。
これらについて、大いに反省しています。
私はSMとして少なからずの経験をし、いろいろな知識を得てきました。しかし、SMという役割ではなく、チームを外部から支援する役割に変わった途端に、これまで学んできたことを活かせず、「計画する」「何をやるか」という発想になってしまったのです。
強くてニューゲーム ~価値駆動で支援を開始するなら~
今後、支援で参画する場合に同じミスをしないために、どのように行動すればよいか考えました。その上で有益と感じるプラクティスとして、改めて認識したことを紹介します。ここではそれらを「装備」と呼びます。
装備1. Go See(現地現物)
Craig Larman氏とBas Vodde氏の著書「Large-Scale Scrum (LeSS)」 には、「現実を見るために、実際の作業場所である現場に行く」という記述があります。私がBaS Vodde氏が講師だった認定 LeSS実践者研修(CLP研修)を受講した際に最も印象的だったキーワードが、この「Go See」でした。現場に習慣的に出向き、実際の問題を真に理解して、それを組織力の向上に活かすことが重要であるという意味があります。そのためには、偏見のない広い心と好奇心が必要です。私の“ニューゲーム”の支援のときには、この大切な学びを発揮する発想に最初は至れませんでした。
装備2. 忍耐(メタスキル)
もう1つはAdvanced Certified ScrumMaster(A-CSM: アドバンスド認定スクラムマスター)の研修で学んだメタスキル「忍耐」です。メタスキルとは、Zuzana Sochova氏が唱える、SMが持つべき重要なスキルであり、態度や考え方、スタンスのことです。メタスキルの例として、ティーチング、傾聴、好奇心、尊敬、遊び心、忍耐などが挙げられます。SMは状況に応じて、意図的にこれらを切り替えることが大切であると説かれています。私が研修を受講した際に、最も気づきが大きかったのが、意図的に「忍耐」を選択することでした。
それでは、これら2つの装備を持って、“ニューゲーム”の支援に参画していたらどうなっていたかを検証してみます。
まず、案件支援の依頼を受けた時点では、「事実情報を中心に拾う」アプローチを採ると思います。
拾い集めた情報はお客さまの声である、というスタンスで受け入れます。この時点で直接的に対処しようとするのではなく、ひとつの意見としていったん受け入れ、追々対処を考えることにします。
事前情報を「ありき」として進めるのではなく、「まずは状況を確認してから」と考え、この時点でやることの取捨選択をすることは避けます。
しかし、事前情報があると、頭の中では対処方法を考えてしまうものです。それは無駄ではなく、引き出しを増やしておくことは良いことだと思います。
実際に支援に参画してからは、最も重要な「チームの様子を確認しよう!」(現状把握)から始めます。今の私であれば、3か月間のうちの最初の1か月すべてを躊躇なく、「チームの様子を確認」することに費やします。この確認作業に専念した上で、やるべきことを整理し、実行に移します。そして、それらが一段落したら、状況に応じて次のやるべきことに取りかかるという振る舞いをします。
“ニューゲーム”の支援のときは、幸い現場に入る直前にこの「現状把握」の重要性に気がついたので、最初の1か月間を現状把握に費やしました。その結果、現状把握で価値駆動のヒントをたくさん収集することができました。
この期間は、いろいろな立場の人の意見を聞いて受け入れることに専念し、私から指示や提案をすることは一切ありませんでした。私からもたくさん言いたいことが浮かんだのですが、そこはグッと我慢してやりすごしました。ここで「忍耐」の大切さをよく理解しました。
1か月が経過してから、現場を見てきた結果から問題点を明らかにし、改善策をお客さまへ報告しました。その後、はじめて私から提案する形でチームと話を始めました。
ここで気をつけたいのは、最初の1か月間は私が「何もしないけれど現場にいる正体不明の人」になる可能性があることです。それを避けるために、現場には「アセスメントをしに来たのではない、かつ、皆さんの味方だ」と最初に伝えておくこととしました。Web会議では怪しくならない程度に笑顔を心がけて、少しでもポジティブな印象を持ってもらえるようにしました。
装備に「コミュニティ」を加えると強力!
私が失敗しかけた事例から学んだ、必要な装備として「Go See」「忍耐」の2つを紹介しました。実は、もう1つ装備に加えたほうがよいものがあります。それは「コミュニティ」です。社内、社外(Scrum Festなど)を問わず、コミュニティで生まれる参加者のつながり、集まっている知見はとても強力な装備になります。
最後に、実践するときに改めて大切だと実感したことをまとめます。
「アジャイル開発案件の支援」を「価値駆動で行う」大切さ
- 案件の支援は、計画が困難(予見などできない)
- 小さくとも大事な部分を支援しよう
- 小さくとも結果を出すと新たな課題が見えてくる
私が参画した開発案件において、3か月を経過した後も「継続して支援してほしい」とお客さまから依頼を受けました。現在も案件は続いており、私も新たなゴールに向けて活動しています。続きはまた別の機会に発表できたらと思っています。
NTT IT戦略事業本部
Digital Design & Development Center
スペシャリスト
2024/08/07
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