前回のコラムでは、ゼロトラストセキュリティ導入後の運用体制について、運用責任の観点から整理しました。そのうえで、実際に導入を検討・推進する中で、多くの企業がある共通の疑問に直面します。
「ゼロトラストの仕組みを導入すれば、本当にセキュリティリスクは下がるのだろうか」
「もし大きく変わらないのであれば、従来の境界型防御と何が違うのだろうか」
こうした疑問は、現場で導入や運用を担う情報システム部門ほど、実務の視点から感じやすいものです。実際、ゼロトラストを導入した企業の中には、期待したほど効果を実感できないまま、運用負荷だけが増えてしまうという課題に直面するケースもあります。
では、なぜこのような状況が起きるのでしょうか。
本コラムでは、その背景にある共通の構造要因を整理します。
01 目的と優先順位が曖昧なまま導入が進む

ゼロトラスト導入が期待通りの効果を発揮しない要因の一つは、「何を守るための施策なのか」が十分に整理されないまま進められてしまう点にあります。
近年では、サイバー攻撃の増加や取引先からの要請を背景に、セキュリティ対策の必要性が強く認識されています。一方で、その導入目的が複数に分散し、優先順位が曖昧なまま施策が積み上がるケースも少なくありません。
その結果、対策の焦点が定まらず、導入しているにもかかわらずリスク低減の効果を実感しにくくなります。
02 運用体制が設計されないまま導入される

ゼロトラストは運用を前提とした仕組みですが、実際には製品導入が先行し、運用体制の設計が後回しになるケースが多く見られます。
IPAの調査では、約8割以上の企業がセキュリティ人材の不足を課題として挙げており、
専任体制を持たない企業も少なくありません。
例えば、夜間に不審なアクセスが検知された場合でも、常時監視体制がない環境では、実際の確認が翌営業日になるケースもあります。また、ログの分析や対応判断に時間がかかり、結果として初動対応が遅れるという状況も現実的に起こり得ます。
こうした遅れは、担当者の能力ではなく、体制として避けられない構造的な問題です。
03 導入範囲を広げすぎて運用が追いつかなくなる

ゼロトラストは本来、段階的に適用範囲を広げるべきものです。しかし短期間で全社適用を目指した結果、運用負荷が急激に増大するケースがあります。
セキュリティ対策の多層化が進む中で、管理対象や設定項目は増加しています。
その結果、
- 管理対象が増えすぎる
- 運用ルールが複雑化する
- 現場の対応が追いつかなくなる
といった状況が生まれやすくなります。
04 セキュリティ強化と引き換えに現場負担が増加する

ゼロトラストの導入によりセキュリティは強化されますが、同時に現場の業務負担も増加します。
警察庁の統計でもランサムウェア被害は継続して報告されており、多くの企業が対策を講じているにもかかわらず、被害を完全に防げていない現実があります。
その一方で現場では、
- 認証トラブル対応の増加
- 業務制限への問い合わせ
- アラート対応の増加
といった負担が発生します。
つまり、セキュリティは強化されるが、現場負担も同時に増えるという構造になりやすいのです。
05 経営レベルでの関与が不足している

ゼロトラスト導入が成果につながらない最大の要因の一つは、経営レベルでの関与不足です。
セキュリティがIT部門の課題として扱われる限り、
- 投資が継続されない
- 体制が強化されない
- 改善が進まない
という状況に陥ります。
しかし実際には、セキュリティは事業継続に直結するテーマです。
このような状況では、セキュリティ対策はIT部門の努力だけでは成立せず、組織としての意思決定が不可欠になります。
06 まとめ:成果が出ないのは構造的に起きる
ここまで見てきたように、ゼロトラストが期待通りに機能しない背景には、共通した構造要因があります。重要なのは、これらは特定の企業だけの問題ではなく、多くの企業で自然に発生し得る条件だという点です。
そのため、ゼロトラスト導入においては、技術や製品の選定だけでなく、体制や運用を含めた全体設計を前提に考える必要があります。
そしてもう一つ重要なのは、これらの課題が情報システム部門だけで解決できる範囲を超えているという点です。
セキュリティ対策の水準をどこまで引き上げるのか、どの程度の運用負荷を許容するのか、
どこに投資するのかといった判断は、最終的には企業としての意思決定に関わるテーマになります。
ゼロトラストは単なるIT施策ではなく、事業継続とリスク許容のバランスをどう取るかという経営判断の問題として、捉える必要があります。
次回は、ゼロトラストをIT施策ではなく、経営判断としてどのように捉えるべきかについて、投資対効果やリスクの観点から整理していきます。