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新潮文庫のイメージを一新したキャンペーン

「新潮文庫の100冊」フェアの新聞広告。当初は、従来の広告同様、書名を列挙しただけだった

1971(昭和46)年、出版界に激震が走る。出版界の巨人・講談社が創立60周年記念事業の一環として講談社文庫を創刊すると発表したのだ。これを皮切りに、中央公論社(現・中央公論新社)、文藝春秋、集英社など、出版各社が文庫市場へ参入。先発の角川文庫は映画と文庫のメディアミックスを仕掛け、文庫本ブームが巻き起こった。
競争が激化する中、文庫界の雄といえども安穏としてはいられない。新潮文庫はライバルを迎え撃つために数々の策を講じたが、中でも最も革新的なアイデアは、同期入社の20代社員の、こんな会話から生まれたという。
「僕は大学時代、『100冊の本 - 岩波文庫より』に載っていた文庫を全部読破したぜ」と編集部員。それを聞いた営業部員が「だったら、われわれはもう少し若い世代の中高生に向けた提案をしよう」。確かに、夏休みならまとまった読書時間が取れるし、読書感想文を宿題に出す学校も多い。
1976(昭和51)年夏、「新潮文庫の100冊」フェアがスタート。書店を巻き込んで開催するフェアは、現在では当たり前となっているが、当時としては画期的な試みだった。

1978年から本格的なキャンペーンがスタート。作家以外の有名人を起用した斬新な手法が話題に

クリエイティブ・ディレクターの糸井重里が手掛けた1992年の広告キャンペーン。イメージ・キャラクターは宮沢りえ

こうして始まった「新潮文庫の100冊」フェアは、2年後には桃井かおりや坂本龍一といった有名人を起用した本格的なキャンペーンへと進化。その背景には、新潮文庫は本好きにはなじみ深いレーベルだが、娯楽として読書を楽しむ層にはアピールしきれていないという課題があったのだ。
さらに、1984(昭和59)年からは超売れっ子のコピーライター・糸井重里をクリエイティブ・ディレクターに迎え、「想像力と数百円」「インテリげんちゃんの、夏やすみ。」といった印象的なコピーで新潮文庫の新しいイメージを形作っていく。新聞・雑誌、テレビCMなどで大々的に展開した「新潮文庫の100冊」フェアは、広告史に残るキャンペーンとなった。

1997~2012年、フェアの顔となったパンダのキャラクター「Yonda?」。販促用のキャラクターグッズも人気に

1970年ごろまで、読書の中心は単行本や文学全集だった。それまで傍流だった文庫が、大量発行・大量宣伝・大量販売の流れの中で、出版各社の主戦場になっていく。それは、1968(昭和43)年に年間販売部数1100万部・新刊70点前後だった新潮文庫が、1985(昭和60)年からの10年間は、年間販売部数4000万部・新刊200点前後で推移したという数字からも伺える。

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