アフリカの民族柄のポケットがほどこされたTシャツで知られる、アパレルブランド「CLOUDY(クラウディ)」。代表を務める銅冶勇人(どうや ゆうと)さんは、ゴールドマン・サックス証券株式会社(以下、ゴールドマン・サックス証券)を辞めて独立した異色の人物だ。ブランドでは、売り上げの一部をアフリカの貧困問題に取り組む認定NPO法人「Doooooooo(ドゥ)」に還元し、学校建設や職業訓練支援を実施。アフリカで雇用を生む仕組みを作るなど、新しいビジネスモデルを築いたブランドとして注目を集めている。「両親からの教え、“やってもやらなくてもいいことはやる”が信念」という銅冶さんのビジネス成功の秘訣は、“ものさし”を一緒に作ることだ。銅冶流の異なる文化の中でもビジネスを進める秘訣について伺った。
きっかけは五感で受けた衝撃。
「アクションを起さないといけない」就職後に思いを実行
―多くの人が目標とされるようなキャリアから、アフリカの社会問題解決に関わるビジネスを立ち上げることになった転機を教えていただけますか。
銅冶:卒業旅行でアフリカへ行ったのがそもそものきっかけです。テレビの旅行番組「ウルルン滞在記」のように、いろいろな国の民族の家庭にホームステイできたら最高だろうなと漠然と思っていたんです。ゴールドマン・サックス証券への就職が決まっていたので、入社前にケニアのマサイ族のもとでホームステイをしました。
そこで現地のスラム街の現実を目の当たりにしたんです。目の前の光景は今まで見たことがないもので、匂いや音、人の動きなど五感全部で衝撃を受けましたね。僕のなかで、何かをしなければといけないという気持ちが芽生えた瞬間です。
帰国して就職。ほどなくしてアフリカで学校を運営している人への送金をスタートしました。しかし、しばらくすると、慣れない仕事の忙しさやストレスで体調を崩してしまいました。このときに頭に浮かんだのがケニアの光景です。もう一度現地に行って向き合い、正式に活動したいと考えていたので、この機会にケニアを再訪しました。そして、帰国後にNPO法人「Doooooooo(ドゥ)」を立ち上げたのです。就職して2年目のことです。
―「Doooooooo(ドゥ)」という名前がユニークですね。どのような支援を始めたのですか。
銅冶:8つ並んだ「O」は“大陸”を現しています。7つの大陸に、8つ目として新しい大陸、新しい世界を切り開いていける人材を育てていくことを目標に、まず行動を起そうということをメッセージにしました。支援を教育に特化し、幼稚園や小学校を建設して、それを継続的に運営していくこと、給食を提供することにしました。
―ゴールドマン・サックス証券での仕事は非常に忙しいものなのでは、と推測しますが、本業である証券会社の営業職とNPO法人の両立はどのようにしていたのですか。
銅冶:どんな仕事も大体忙しいものじゃないかと思います。自分のコントロールの仕方ひとつで両立できるのではないでしょうか。社会人になると、皆さん、飲み会があったり、旅行に行ったりしますよね。そういう時間をNPO法人の仕事に充てていました。現地に行くのは年に一度の休みのときだけ。それ以外は遠隔操作でやりとりしたり。活動自体はゆっくり歩んできたと思います。
空き時間をどうやって有効活用するかが重要ですよね。確かに、金融という職種は、毎日戦っているような環境です。でもそんな最先端の金融の世界で働くことで、世の中の動きや、日本の環境とアフリカの環境の違いなどを客観的に捉えられる視点が養われたのだと思います。
―証券会社を辞めてNPO法人に軸足を置くことになりましたね。
銅冶:ある日後輩に、「最近アフリカのほうが楽しそうで、気持ちも入っていますね」と言われて、恥ずかしくなりました。僕がもし後輩の立場で、先輩が会社以外のことに注力していることに気が付いたら、「もっと会社に注力しろ」と思ってしまう。後輩にとって、僕は背中を追いかけたくなる先輩ではなくなっているんだなと思い、辞める決心をしたんです。
NPOと株式会社を連携。
現地に根づいた循環型ビジネスモデルに
―独立して、株式会社も設立したのですね。
銅冶:日本では、NPO法人で働くということはボランティアというイメージが強く、売上があったり、給料をもらっているというイメージを持っていらっしゃる方は少ないんですよね。固定概念がまだ根強い。
世の中に途上国でのビジネスとして浸透していくために、株式会社を併設することで、新しいビジネスモデルを作ろうと考え、アフリカの民族柄ファブリックや伝統的な織物を使ったアパレルブランド「CLOUDY」を作りました。まず、こちらのブランドの売上の10%をNPO法人に還元し、それを予算としてさまざまな活動に振り分けていく。学校を建設して、そこで成長していった子供たちの選択肢を増やしていく。その選択肢のひとつとして弊社自社工場を作り、そこで職業訓練を受けることで成長し、手に職を得て、ゆくゆくは「CLOUDY」の商品をどんどん作れるようになる。こうした循環型ビジネスとして、NPO法人と株式会社が一緒に存在していくことは、途上国で何かを活動していく上では画期的なことだと思っています。今はCLOUDYの運営も軌道に乗って、売上も順調に伸びています。
それぞれの「正」を受け止め
肯定の“ものさし”を一緒に作る
―アフリカでビジネスを展開していく上で、難しいことはなんでしょうか。日本とアフリカでは働く価値観というのはどのように違いますか。
銅冶:一番大きな違いは、“ものさし”の違いです。例えば、現地の人々が、工場のミシンを勝手に売ってきてしまうことがある。日本で同じことがあったら即解雇です。学校建設についても、6ヵ月も建設現場に来ないことがあるんです。僕たちにとっては最悪の事態ですが、もし、現地の人々と同じ時間軸で同じ人生を歩んできたとしたら、明日、子供に食べさせるお金がないとしたら、ミシンを売るという選択をする可能性はあると思っています。
僕らは学校教育を受けて、それなりの生活を送っているなかで、世の中で肯定されること、否定されることを経験しています。選択肢がいろいろとあります。しかし、アフリカの人にはその選択肢が極端に少ないことがあるのです。チョイスできる自分の答えを持っていない。そして、彼、彼女たちの生活の質と僕たちの生活環境はまるで違う。だから、“ものさし”が違うのは明白なんです。
しかし、それを僕たちが、自分たちのやり方を「正」として彼らに伝えたとしても、彼らにとってそれは「正」ではないんです。反対に、彼らにとって「正」であることが僕たちにとっては「正」ではない。だからこそ、“ものさし”を一緒に作っていくしかないんです。
―どのように折り合いをつけられるようになったのですか。
銅冶:アフリカでの働き方は、現地で生きてきた彼らの環境をいかに尊重できるか、“ものさし”の違いをどうやって共有していけるかが重要です。だから、現地では彼らが遅刻することはOKとしています。それは彼らの時間の使い方があると思っていますから。それがあるからこそ、彼らが生活を楽しむ力やユーモアさを持っていると思います。それを彼らの良さとして肯定しようと決めました。
ビジネスの世界にいると、多くの人がのし上がっていきたい、地位を上げたいと考えます。しかし、アフリカでは、「これくらいで良いじゃない」「家族と一緒に生活できて、なんとなく楽しめればそれでいい」。それがアフリカの人たちの考え方なんです。もし、商品の大量発注があり、頑張って作ってほしいと彼らに言っても、「いやーいいです」と答えが返ってくるんです。面白いでしょう。
―面白いと思えるのは、アフリカの人々のことを理解しているからですね。
銅冶:いや、やっとそう思えるようになったのかもしれません。そうなるまではストレスでした。でもストレスは日本でも、どんな会社でもあります。お互いを尊重し、お互いの意見を交わしながら何かを作っていく、これだけ世の中が発達しているからこそ、面と面でのコミュニケーションというプロセスはこれからの時代に欠かせないことだと思います。
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