生活様式が変化して1年以上になる。仕事はテレワークが主体となり、外出する機会もめっきり減った。仕事もプライベートも自宅という環境が続く中で、ストレスを発散する術を探っている人も多いだろう。コロナ禍で広まったテレワークは、コロナ終息後も継続していく企業が多いという。「テレワークうつ」という言葉もよく耳にするようになり、新たなストレスも気になる中、これからのテレワーク時代を賢く楽しく生き抜くためにはどのようなはたらき方をしていけばいいのだろうか。
精神科医として多くのビジネスパーソンの悩みに対応している杏林大学名誉教授、古賀良彦氏は、「“食う・寝る・休む”を見直すことから始めるといい」と話す。教授職を退官されてからも産業医として、研究者として意欲的に活動し、70代となった今も仕事を楽しんでいるという古賀先生に、テレワークでのはたらき方、特に若いビジネスパーソンを健全に育成するために「テレワーク・プレイ・ブック」を設けるべきなど、賢いコミュニケーションの取り方について、アドバイスをいただいた。
気づかないうちに「テレワークうつ」に。
鍵になるのは“時間の使い方”? 打倒5分前起床。
―コロナ禍でストレスを抱えている人は増えているようですが、どのような悩みが多いのでしょうか?
古賀:テレワークは通勤もないし、気の合わない人と顔を合わせることもない、自分のペースで仕事ができるなど、便利な点が多いですね。しかし今はまだ、その仕組みに慣れていないため、さまざまな面でストレスになることがあります。元気がなく、生活の質が悪くなっている人も出てきています。
―生活の質が悪くなっているというのは具体的にはどういう状況でしょうか。
古賀:今までは、電車で通勤し、会社で働いていた。そこにはいろいろなストレスがあったと思うのですが、就業時間が終わって帰途につけば、そこからはオフ時間だと頭が切り替わっていました。オンとオフがはっきりしていたので、ストレスの発散もスムーズでした。それが突然働き方が変わり、習慣が崩れてしまったのです。
自宅でできるからウエルカムだと思って活用できている人も多いですが、自宅では、会社での仕事よりも時間を気にせず、だらだらと仕事をし過ぎてしまう人もいます。また、家族と同じ空間での仕事で集中できずに時間が過ぎる人もいます。さらに休日にどこかに出かけて遊ぶこともしづらく、休日のオンオフも切り替わりにくいのがコロナ禍の生活の難しい点です。
このように“時間の使い方が下手”になってしまった人が増えています。そうして生活のリズムが崩れると、仕事のパフォーマンスも上がらなくなります。
また、そのような人は、健康診断をすると、食べすぎ、運動不足などで体重がメキメキ増えた、生活習慣病になったなど、身体の状態も悪くなっていることが多くみられます。
―気づかないうちにストレスを抱えているということでしょうか。
古賀:そうですね。コロナ禍になった2020年前半は、生活がガラッと変わったことで、眠れない、食欲がない、食べすぎてしまうなどの急性症状がほとんどでした。状況が長くなるにつれてそういった症状は緩和されています。
しかし、オンオフの境目がぼやけてきたことで気持ちが前向きにならない。これが、今までのうつとは違う、「テレワークうつ(コロナうつ)」の特徴です。いままでのうつは、憂うつ、悲しいなどの症状があるのですが、テレワークうつは、ストレスはないと思っていても、“時間の使い方が下手”になって、ゆるやかに気力が失われていきます。
―どういった方がストレスを溜めやすいのでしょうか。
古賀:特に社会人経験が短い若い人はストレスを溜めやすくなっています。今までなら、会社帰りにお酒を飲みながら愚痴で盛り上がったり、遊んで発散することができました。そうしたことを行いながら、仕事や社会に慣れていくのですが、今の状況ではそれもままならならず、代替手段もまだはっきりしないためです。
―時間の使い方が悪くなる原因、解決法は何かありますでしょうか。
古賀:「仕事のスタイルが変わってから、生活時間はどうなっていますか」という質問を私はよくします。今は自宅で仕事をするので、始業時間のギリギリ5分前に起きるという人もいます。起きる時間、寝る時間、食事の時間が不規則になっていくと生活のリズムが乱れ、それがどんどん積み重なっていきます。そうした不規則な生活の中で、怒られたり失敗したり。すると、なおさらイライラが募り、落ち込み、そうした感情を収める方法がわからなくなってしまうのです。
早寝早起きはばかばかしいと思うかもしれませんが、実はこれがとても大切なのです。早寝早起きをしていくことで生活のリズムが一定になり、時間の使い方をコントロールできるようになります。
ストレスは“解決”されない。
できる事から“食う・寝る・休む”を見直そう。
―ストレスを少なくするにはどうしたらよいでしょう。ストレスは解決できるのでしょうか。
古賀:ストレスは解決すると考えるのではなく、上手に対処していく方法を見つけることが大切です。ストレスと上手に付き合っていくということですね。
写真はイメージです 画像提供:PIXTA
―ストレスを重ねていかないようにする方法はありますか。
古賀:“食う・寝る・休む”をもう一度見直すことです。昔からあるストレス対処法として、3つの“R”を実行することがあります。”Rest(休む)・Relaxation(リラクセーション)・Recreation(もう一度やり直す)”です。仕事のストレスへの対処の選択肢がまだ少ない若い人には、職場や上司、先輩からこの3つを実行できるように具体的に教えていくといいと思います。
“Rest”は、良い睡眠をとること。テレワークでもしっかり休憩時間をとること。オンオフが明確な積極的な休憩が必要です。例えば、パソコンから離れて香をたいたり、お茶を飲むなど。
“Relaxation”は、Restとつながっています。横になるだけではなく、仕事から離れて体操をしたり、散歩をしたり。
“Recreation”が一番大切です。ストレスの語源は、ゆがみ、ひずみ。気持ちや体がひずんだら、もとの丸い状態に戻す(やり直す)必要があります。ひずみは毎日溜まっていきます。なので、毎日上手に対処することが大切です。準備も片づけも簡単で、お金もかからない楽しみを持ちたい。仕事を離れて没頭できることを作る、それがとても大切です。
―おすすめのリクリエーション(Recreation)はありますか。
古賀:外にちょっと出る。例えば、お昼ご飯の弁当を買って帰り、それに何か簡単な一品を自分で作ってみる。本当に簡単でいいんです。それを繰り返していくと、弁当を買って工夫することがささやかな楽しみになります。
仕事前後もほぼ外出せず、たまにコンビニで酒やつまみを買って帰るだけの生活は危険です。
他には、ボードゲームもいいと思います。アナログの遊びで、脳が活性化されていくという研究結果もあるんです。
―古賀先生が実践されている3つの“R”はありますか?
古賀:自転車に乗ります。乗ると世界が変わります。街のにおいも感じるし、景色が流れて、空気が変わっていく、次々と周りの情報が入ってくるのはいい気分転換になります。途中、書店や文房具店に寄って、些細な雑貨を買うのが好きですね。ちょっとした喜びと、買い物をする楽しみがありますよ。30分から1時間ほどの簡単なリクリエーションです。
「テレワーク・プレイ・ブック」で、仕事や会社に慣れていない若い人に違和感を残したままにしない仕組みを。